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愛する存在の死に直面する事、それは相手が人間でもペットでも変わりはありません。ましてや物言わぬペットたちが苦しみながら死の訪れを待つ姿は、飼い主としてはできる事なら見たくない。

果たしてどうしても死を避けられないペットの病気に対して、能動的に死を肯定する安楽死という行為は許されるのでしょうか。

ペットの種類と感覚の違い

まず我々人間とは違う種類の生き物に、痛みの感覚や苦しみの感情があるのかどうか、そこから考える必要があります。ペットの種類が増えた現代では、哺乳類をはじめ鳥・魚・爬虫類、更には虫まで大きくペットという範囲に含まれます。

虫については我々と大きく仕組みが違うので、同列に考えるのは難しいでしょう。

それ以外のペットでは、生きて行く上での必要性からして痛みの感覚は備わっているでしょう。しかし連続する苦痛に対する苦しみの感情は、やはり哺乳類の段階から生まれる物ではないでしょうか。

ここからは哺乳類ペット、特に一般的な犬と猫を例にとって話を進めます。

基本的な身体のつくりが我々人間と変わらない犬と猫は、かかる病気もほとんど共通しています。

病気での死因のトップは、やはりガンです。しかも人間より体が小さい生き物ですから、進行も早く治療も難しく、医療技術そのものが人間の医療ほどには発達していない現状もあります。

悪性の病気にかかった場合、かなり高い確率で死を受け入れる準備をしないといけません。

安楽死という行為

長い時間を一緒に過ごし、一緒に暮らして来た最愛のペットが死を迎える現実は、飼い主にとって受け入れ難い苦しみ、もはや苦痛です。自分の腕の中でペットが息を引き取る瞬間、それを見つめ続けた経験を持つ皆さんもいらっしゃるでしょう。自分の命を奪われる方がどれほど楽だったか。

自分の感情を言葉にできないまま、ひたすら苦しみ続ける病気のペットを見ていると、いっそ自分の手で命を絶ってあげた方が、ペットにとって幸せなのではないかという考えに思い至るかもしれません。

治る見込みの無いペットの病気と安楽死という選択は、そこに生まれるのです。

少しでも早く苦痛から解放してあげたい、楽にしてあげたい、その想いとは飼い主だけに許される最後の愛情表現です。

ペットを心から愛するがゆえの決断、その結果として安楽死を選択する事で、ペットも飼い主も果てしなく続く苦しみからようやく解放されるのです。
「よくがんばったね。」ペットにそう言ってあげた後、飼い主である自分にも同じ言葉をかけてあげたい。

以下は余談です

ペットの最期を看取った直後は、受け入れるべき現実が自分の心の許容量をはるかにオーバーしてしまって、それが哀しみという形をとって現れるまでに少し時間がかかります。

ようやく冷静に哀しみの感情を受け入れられる頃には、必ず別なもう一つの感情が、何度も繰り返して寄せて来ます。それは後悔という感情です。

「もっとできる事があったんじゃないか?」「もっと何かしてあげればよかった・・・。」

ペットを愛していたのであれば、この後悔の念からは誰も逃れる事ができません。

最後がどんな別れであろうとも。

追記:愛情をこめて可愛がっていたペットが死んでしまった場合には、ペット供養をしてくれる葬儀屋さんにお願いすることもできます。

葬儀屋さんにお願いすると、もちろんその分費用が掛かってしまいます。なので、葬儀の費用までかけられない飼い主さんは心をこめて自分で手作りのお墓を作ってあげてくださいね。いつまでも天国からあなたのことを見守っていてくれるようにしっかりと供養してあげましょう。

こちらの記事でもペットの安楽死について考えています

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管理人:アニマルクリニック.inc

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